御用心 御用心
画家 小野かおる |
昭和13年、内田百けんの軽妙な文によって、小山書店から出版された「狐の裁判」を父からもらって読んだのは、小学校の時代だった。 動物物語だと思って読みはじめたこの本は、今まで読んだことのない種類の本だった。 なにしろ 悪者の狐が次から次へと悪知恵をはたらかせて、どんどん出世するという物語なのである。そのころは勧善懲悪、悪者が勝ってはならない。と教えられ、善い子、正しい子になろうという清い子供の頃である。 日本の昔話は、〈こぶとり〉〈花咲爺〉等、悪い者が利を得ることのない勧善懲悪の話は枚挙にいとまがない。その中に育った少女にとって、一章毎に落込み、気をとりなおして次に進めば再び奈落の底へ。という話だった。戦争がはげしくなった時も教科書と共に移動していた本である。 戦後、絵描きになった私は、久しぶりに取出した。挿絵は終戦の年に亡くなった、谷中安規さんの版画であることを知った。 そのちょっと とぼけた木版画をもってしても、ライネケの勝つ不条理は稀釈されることはなかった。もう気になって、気になって、その上、この話が日本で翻訳されたゲーテの第一号と知り、12枚の銅のレリーフにする事にした。作り終えて少し落付いた。 最近はライネケも集団で行動しているらしい。御用心、御用心。 |