人形芝居の面白さ
吉田清治


 劇団創立四十周年を迎えて、「国性爺合戦」を見ていただくことになりました。今から十五年前の創立二十五周年の年が近松門左衛門の二百五十年忌の年であったことから「女殺油地獄」を上演したのが、現代人形劇として近松人形芝居に取組んだ最初でした。その時から、クラルテが近松物を上演するのには、「国性爺合戦」が面白い、是非見たいと多くの方々から御意見をいただいていました。それは近松物の時代劇の中でも、合戦あり悲劇あり、ファンタジーありで、スペクタクルでスケールの大きな人形芝居であるからです。

 この十五年間で近松物や他の古典人形芝居等、十作品ばかり上演して来ましたが「国性爺合戦」を上演することはできませんでした。それは百体を越える人形が登場し、きらびやかで多くの場面を必要とするこの芝居は、私達の持っている力ではあまりにも大きすぎて、手にあまる芝居であったからです。

 今年、創立四十周年を迎えようやく「国性爺合戦」の上演の運びとなったのです。劇団をあげての舞台作りはおおよそ二十年ぶりのことになります。四十周年の年に四十人の劇団員がこの舞台一つに結集しようとしているのもなにかの因縁があるのかもしれません。

 江戸時代この人形芝居が初演された時は、道頓堀の竹本座で五百日のロングランを取ったといわれます。当時の竹本座は千人の観客が入ったそうで、半分の入りでも二十五万人の人が見たことになり、当時の大阪の人口が、二十万人程度であったことからもどれほど多くの人が見たかが知れます。
 「竹本・豊竹・浄瑠璃譜」という当時の本の中にも、「…操り段々流行し、歌舞伎は無が如し、芝居表は数百本ののぼり進物等数をしらず、東豊竹、西竹本と相撲の如く東西に別れ、町中近国ひいきをなし、繰りのはんじょう、いわんかたなし。」と書かれています。

 「国性爺合戦」で大あたりを取った人形使いは名人といわれた辰松八郎兵衛でした。この人は「国性爺合戦」を最後に江戸へ下って、二度と上方にもどっていないのには何かわけがあってのことと思われます。人形の様式や舞台の創造上の変化がそうさせたのではなかったかと思うのです。
 私たちクラルテが「国性爺合戦」を上演するまでに近松の時代物として「出世景清」「平家女護島」「関八州繋馬」の三作を上演し、説経浄るりから「小栗判官」古浄るりの「あみだの胸割」を上演して来ました。
近松の作品は、後期になるほど、人形が演じる、人形でしか表現できないものを舞台の中に多く取り込んでいてそれがドラマの中に見事にリアリティーを持たせているのです。「女殺油地獄」の徳兵衛に「…ヤイ木で造り、土をつくねた人形でも魂入るれば性根有る。」と、人形が語ることによって客の共感を増しています。また「関八州繋馬」の中でも百才に一才たりない乳母が「艶も枯木の裸身の、乳房は賎が干蕪・・・」をほうり出して源頼光にうったえるなど人形ならではの芝居は枚挙にいとまがありません。「あみだの胸割」を上演して来ました。近松の作品は、後期になるほど、人形が演じる、人形でしか表現できないものを舞台の中に多く取り込んでいてそれがドラマの中に見事にリアリティIを持たせているのです。「国性爺合戦」の原題にも「父は唐土、母は日本」とサブタイトルがつけられ、主人公の名前が、和でも居でもない「和唐内」というしやれではじまつているなら「千里ケ竹」の虎退治で「大神宮のお札」に大鹿がころりとまいるのも、加藤清正の虎退治に「おかげ参り」のお札が降って釆たことがあてこまれていたのでしょう。
「国性爺合戦」の原作が歴史上の事実を意図的にまげられ、日本人の中国侵略の野心を描いたという批判は、近松にとっては思いもよらなかったのではないでしょうか。この人形芝居がどんなに面白く魅力的であったかということが、五百日の大あたりを取ったもとであったはずです。私自身も「国性爺合戦」に取り組むまではたしかに、中国に対する歴史上のひっかかりはありました。でも実際に人形芝居として考え、再創造する通すじで、いかに人形芝居として面白い舞台を近松はイメージしていたのかに思いはどんどんひっぱられて行っています。

 大阪に念願の国立文楽劇場ができました。そしてこの国立文楽劇場が国立の専門の人形劇場であってほしいという願いは、私たちクラルテの願いであると同時に日本中の現代人形劇の仲間たちの願いでもあるのです。今回の私たちの「国性爺合戦」の国立文楽劇場での上演日数は、初演の時の竹本座での上演日数の百分の一に満たない日数でしかありませんが、国立文楽劇場での上演は国立文楽劇場が国立の専門の人形劇場であってほしいという願いがこめられているのです。

 竹本義太夫という名人を亡くし、危機を迎えた竹本座の為に力をこめて書き、竹本座の人達が一つになってこの壮大な舞台を作りあげ大あたりを取りました。四十周年を迎えさせていただいた人形劇団クラルテも、この「国性爺合戦」という舞台を、人形芝居の醍醐味を味わっていただけるものにしたいと、今劇団は一つになっています。