1948年2月 大阪府寝屋川市香里園にて、発足。
1948年 福井大震災(6月28日)の被災地へ慰問公演。
1949年7月 「アコーディオン弾きのゴーシュ」朝日会館大ホールにて上演。
1953年1月 解散、ここまで第一次クラルテ(最終ステージ=敷島紡績の工場で「三匹の子豚」)。
1955年10月 再建。第二次クラルテとして、住之江区南加賀屋(現在の工房所在地)にて出発。
1956年3月 三宝小学校公演「三匹の子豚」(再仕込)。
1958年10月 「黄色いこうの鳥」(演出/川尻泰司、美術/吉田清治)で、初めて大阪府・市文化祭奨励賞を受賞(三越劇場)。
1963年12月 創立15周年「セロ弾きのゴーシュ」(朝日生命ホール)。
1964年6月 新稽古場(軽量鉄筋2階建て)完成。
1968年7月 創立20周年「ごんべさんの赤ちゃん」(朝日生命ホール)。
1972年10月 近松門左衛門作「女殺油地獄」を上演。以降、クラルテの近松シリーズとして継続して創作。
1977年1月 初めての沖縄公演(「セロ弾きのゴーシュ」1975年制作)
1978年10月 創立30周年記念、「洞熊学校の卒業生」(大阪郵便貯金ホール)
1981年11月 説経浄瑠璃から「小栗判官」(朝日生命ホール)。
1982年3月 アトリエを竣工
1982年5月 小学校作品「ブレーメンの音楽隊」「くろがねの弓」
1983年6月 劇場作品「ゆかいなおばけのグーチョキパー」
1983年6月 日本の古典シリーズ8「地獄極楽閻魔通信」(朝日生命ホール)。
1986年1月 おひさま劇場「ホレのおばあさん」「ぞうくんのさんぽ」(久宝寺幼稚園初演)。
1988年10月

創立40周年記念、国立文楽劇場にて「国性爺合戦」(通し狂言、脚色・演出/吉田清治)を上演。

1990年10月 説経浄瑠璃『あいごの若』を「散るは桜の花のみか」と題して上演(みろくの里)。音楽/一ノ瀬季生。
1993年9月 創立45周年事業として、「国性爺合戦」をもって全国縦断公演を取り組み成功させる。
1994年10月 「五月の鷹」(原作・アン・ローレンス、脚色・演出、東口次登)をテイジンホールにて上演。
1995年1月17日 阪神淡路大震災。岸和田のマドカホールで「ドリトル先生のサーカス」の団体公演の日だった。神戸地域を中心にボランティア公演を展開。
1995年10月 説経浄瑠璃から「しんとく丸」(テイジンホール)
1996年5月3日 創立メンバーのひとりで美術家、演出家の吉田清治死去
1997年10月 近松人形芝居その12「紅葉狩り剣のゆくえ」をテイジンホールにて上演。
1998年9月 創立50周年記念「セロ弾きのゴーシュ」能勢町浄瑠璃センター初演
50周年記念オーケストラの生の音楽による劇団員全員参加による公演。
1999年 「セロ弾きのゴーシュ」地域のオーケストラとの共演、(桜井、枚方、吹田、芦屋2000年3月)
チェロ、バイオリン、マリンバ、シンセサイザの4人編成の「ゴーシュ」公演も多数。
2001年10月 シェークスピア原作「ハムレット」(脚色・演出、東口次登)をテイジンホールにて上演
2003年9月 創立55周年記念公演「三文オペラ」浪切ホールにて初演、10月には国立文楽劇場にて。
2005年7月 『11ぴきのねこ』シリーズの第一弾「ふくろのなか」初演。
2005年11月 『赤ちゃん劇場』が西村和子の「モンモとバンボはいつもいっしょ」で始まる。
2008年8月 創立60周年記念「火の鳥-黎明編」制作・初演。帝塚山少年少女合唱団とともに。これから全国各地で公演が展開される。
2011年

東日本大震災(3月11日)。東北地方へボランティアで公演、その他支援活動にに参加。

 

2013年

創立65周年記念事業「火の鳥全国縦断公演」西宮芸術文化会館からスタート。