せつなきおもひぞしる

主人公李緒は、ちょっと空想好きなどこにでもいる中学3年生。
最近は成績も振るわず、家では親に勉強のことをしかられ、友人のノリについていくこともできず思い悩んでいたところに、クラスで突如陰湿ないじめが始まります。たまらず家に帰り、泣きながらぬいぐるみを壁に投げつける李緒。家でも学校でも追いつめられた李緒はとうとう声がでなくなってしまいます。
さて・・・
鹿児島の現役の中高生たちが企画を立て、原案を考え、人形劇団クラルテとともに作品づくりに深く関わった初めての作品。両親に、学校に、友人に問題を抱える中高生に、ぜひ見てほしい作品です。

企画 鹿児島県高学年祭典プロジェクトチーム
原案 児玉茉莉亜(北部みどり子ども劇場)
脚色 宮本敦
詩(引用) 犀星「切なき思ひぞ知る」
演出 東口次登
美術 永島梨枝子
音楽 一ノ瀬季生
照明 永山康英
舞台監督 宮本敦
制作 古賀恵子

脚色のことば

宮本敦

思春期と呼ばれる時期に大人たちから見れば気づかないような部分で、本人の中では、自分の存在価値を問われたり、何のためにどう生きていくかにつながるような価値観の揺り動かしにぶつかることがあります。しかしそれは殆ど感覚的な話であり、共通の言葉や理屈としては他人と共有できない場合が多いと思います。
今回の脚本には、いじめ、失語症というモチーフはありますが、あまり特別な環境に陥ってしまった子の話という捉え方をせず、その時期にいろんな子に起こりうる内面的な壁や、他者との関わり方の軋みや、価値観の変化を描きたいと考えて描きました。
物語前半では、そうした家庭での疑問や不条理や、自分の思う正義感が通用しない無力感や、自分の気持ちを自分でも整理・説明できないもどかしさ等に寄り添い、思春期の観客と広く問題を共有したいと思います。
 後半では、原案者の意図に留まらず、劇団や大人たちからの「こうあってほしい」「こうありたい」という想いも含みながら、主人公が自分自身と周囲に対して改めて向き合えるまでを描きました。きっかけのひとつとなるのが、作品タイトルにもなっている、室生犀星の「切なき思ひぞ知る」という詩です。詩の印象・解釈は受け手によって違うと思いますが、時代を超えて、上手に生きにくい現代の子どもたちに、寄り添うことができる詩だと感じて引用しました。
思春期の困難に対して前向きに挑んでいくために、この作品の主人公李緒が、心強い仲間となればと願います。

演出のことば

東口次登

今回の企画をみて、子どもたちが本当に普通に生きることが難しい世の中だと感じた。学校でのストレスを家で癒してもらうはずが、家で倍返しに遭う!(もちろんその反対も) いつか行き場がなくなり、ひとり自分の世界にいることがギリギリ安心の場となり、そして「生きてる意味ってなんだろう?」と疑問を持ち続ける・・・人間で演じると目を背けたくなる生々しい現実の再生ドラマになりそうですが、人形劇だとファンタジーになります。李緒の心の声は、実は観る人それぞれの自分の心の声だと気づくはずです。そして李緒が求めているものは自分が求めているものだと・・・それは信じてくれる人がいることかな、と思いながら作品をつくりました。